キロ8分、週2回、大会ゼロ。それでも私はランナーです。
私のランニングはかなりゆるいです。
ペースはキロ8分台。良い日でもキロ7分台がやっと。距離は6kmが標準で、人生最長記録は10km。10Km走ると翌日はしっかり筋肉痛になります。マラソン大会?ハーフマラソン?そんな世界は今のところ完全に圏外です。
そもそも見た目からして普通のランナーとはちょっと違います。日焼け対策のため、長袖・長ズボン・帽子・フェイスマスクという完全防備スタイル。自分でも「不審者みたいだな」とは思っています。
それでも走り始めて6年近く。今は週2回ペースに落ちていますが、続けています。
そんな私が『俺たちの箱根駅伝』(池井戸潤著)をオーディブルで聞いて、何度も胸が熱くなりました。

箱根駅伝、実はよく知らなかった。
少し前まで、私は箱根駅伝にほとんど興味がありませんでした。
毎年お正月に母が一生懸命テレビで見ていて、私は横で「よく知らない人が走ってるだけで何がそんなに面白いの?」と思っていたくらいです。一度母に聞いたことがあります。すると母は「走りながらも駆け引きがあって、その勝負を見るのが面白いのよ」と教えてくれました。当時の私には全くピンと来ませんでしたが。
変わったきっかけは二つあります。
一つ目は、今は終了してしまったNHKのランニング番組「ランスマクラブ」です。青山学院や早稲田など有名校が特集されることがあり、選手たちのペースを見て「もう人間じゃない」と驚きました。
二つ目は今年のお正月の箱根駅伝。黒田朝日選手の山登りをたまたま見て、「これは凄まじい」と思わず画面に釘付けになりました。
それでもまだ「熱心なファン」というわけではありませんでした。

オーディブルで出会ったのは偶然でした。
『俺たちの箱根駅伝』を読もうと思ったのは、実は大した理由ではありません。
直前に聴いていた『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読み終えて、次の長編小説を探していただけです。そんな時にXで「俺たちの箱根駅伝、今秋ドラマ化」という情報が目に入りました。池井戸潤といえば『半沢直樹』『下町ロケット』。どちらもドラマで楽しんだ記憶があります。「面白いに違いない」と思い、オーディブルで聴き始めました。
ここで少しオーディブルの話をさせてください。
私がオーディブルを愛用している理由は「ながら聴き」ができることです。家事をしながら、ランニングしながら、作業しながら。耳さえ空いていれば本が読める。活字を読む時間が取れない日でも、少しずつ物語が進んでいきます。上下巻の大作でも、隙間時間の積み重ねでいつの間にか読み終えているのがオーディブルの魔法です。
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読み始めたら止まらなかった。
正直、最初は「池井戸潤の定番パターンだな」と思っていました。
一度失敗した主人公が逆境から這い上がる。『半沢直樹』も『下町ロケット』もそうでした。今回も予選会に敗れた学生連合の選手たちの逆境ストーリー。うんうん、定番だな、と。
ところが気づいたらのめり込んでいました。
まず箱根駅伝の仕組み自体を何も知らなかったので、予選会があること、そこで敗れても学生連合というラストチャンスがあることを初めて知りました。そのラストチャンスに挑む選手たちの物語が、主人公・青葉隼斗(あおばはやと)を中心に丁寧に描かれていきます。
登場人物全員に、それぞれ抱えているものがある。若い選手たちでさえそれは同じです。それを乗り越えながら必死に生きている姿が、胸に刺さりました。
⚠️ ここからネタバレあります。結末に触れます。ご注意ください。

↑芦ノ湖
前半最大の山場:区間エントリー発表
物語の前半で最も震えたのは、区間エントリーの発表シーンです。
冒頭から描かれていた予選会の落選。隼斗があの時どれほどの失意を感じたか。その記憶が重なる中で迎えた区間エントリー発表。名前を呼ばれなかったらどうしよう、という祈るような緊張感。
そして10区のエントリーが読み上げられる瞬間。隼斗が「これは自分だ」と強い決意で前を向いたあの場面。
思わずガッツポーズ。ここが前半最大の山場だったと思います。

箱根駅伝当日、各区間のドラマ
本番が始まってからは怒涛の展開です。
山登り区間では、ある選手がゾーンに入った走りを見せます。キロ8分ランナーの私には一生経験できない領域。才能に恵まれた人だけが感じられる走る幸せへの純粋な憧れを感じました。
しかし前半は好調だったものの、悪天候区間でアクシデントが起きます。順位が大きく落ちる絶望的な状況。それでも選手たちは一人一人、少しずつ順位を取り戻していきます。
八区の圭介も圧巻でした。そして同じ区間で争った駒沢大の選手の清々しいスポーツマンシップ。さわやか~。

給水シーンが反則すぎる件
九区、浩太の給水シーン。ここで「まさか」の人物が現れます。
前半から強烈な印象を残していた北村コーチ。鬼軍曹のような存在として描かれていたあの人が、給水係として現れて涙ながらに激を飛ばす。
勘弁してください。反則です。
思わず「え、この人が来るの?」と声が出ました。その激励を受けて浩太が順位を上げていく流れに、もう涙が。
ちなみに余談ですが、現実の箱根駅伝でも給水に関係者が飛び入りしてニュースになったことがあります。小説だけの話ではなく、それだけ給水という場面が選手にとって特別な瞬間なのだと改めて感じました。
最終10区・隼斗の走りと安愚楽との決着
最終10区はいよいよ主人公・青葉隼斗の出番です。
走りながら隼斗はいろんなことを考えます。仲間のこと。甲斐監督のこと。諸矢前監督のこと。そして学費を捻出してくれたおじいちゃんおばあちゃんへの恩返し。たくさんのものを背負いながら走る隼斗の心情描写が丁寧で、涙が溢れました。
そこに同じ大学の前島友介が応援に駆けつけます。
友介は1年生の時に箱根駅伝に出場した際、東西大の安愚楽(あぐら)選手にタオルを踏まれ、亡き母の遺影をからかわれてメンタルを崩された過去がありました。その友介が、隼斗の給水係として現れる。
出陣式に姿を見せなかった理由が、ここで全て繋がります。
あの時いなかったのはここで現れるためだったんだ、と。
そして安愚楽との対決。ストーリー的に隼斗が悪童・安愚楽を倒して決着かと思いきや、まさかの展開。安愚楽の所属する東西大の平川監督自身の失言により、安愚楽が失速してしまいます。隼斗はそんな安愚楽を冷静に、しかし真っ直ぐに追い抜いていく。
実は安愚楽は悪童という触れ込みですが安愚楽なりのポリシーでいろんなものを抱えながら懸命に走っているのです。一人一人に事情がありながらも走っている、スポーツとしての美しい決着でした。

ドラマ化への期待と、正直な不安
今秋、日本テレビでドラマ化が決定しています。放送5ヶ月前にして公式Instagramのフォロワーが10万人を突破するほどの注目度。それだけこの作品への期待が大きいということだと思います。
ただ、原作を読んでしまった私には正直な不安もあります。
主演は大泉洋さん。演じるのはランナーでも監督でもなく、テレビ局側の箱根駅伝チーフ・プロデューサー、徳重亮です。大泉洋さんが上手いことは分かっています。でも「俺たちの箱根駅伝」の主軸は走る人たちのはず。テレビ局側が主演になることへの違和感は正直あります。
ヒロインの宮本菜月(チーフ・ディレクター)役は伊藤沙莉さん。悪くはないと思います。ただ個人的なイメージとしては、もう少し年齢層が上で凛とした雰囲気の方が合うかなという気もしました。一押しは松本若菜さんでした!もっとも、外見や年齢でキャスティングを判断するのは自分自身が嫌なことでもあるので、そこは反省です。
プロジェクト・ヘイルメアリーの映画化で学んだこと。原作が素晴らしければ素晴らしいほど、映像化には複雑な気持ちになる。それでも見ずにはいられないのが、物語を愛してしまった者の性です。
秋のドラマ放送前に、ぜひ原作を読んでおくことをおすすめします。
まとめ:速くなくても走り続ける意味
物語の中にこんな言葉があります。
「世の中には身を結ばない努力もあるだろう、だが何も生まない努力なんかない」
たとえキロ8分でも。たとえ大会に出なくても。結果が出なくても。
だから何もしないのではなく、何かが生まれると信じて続ける。この言葉が私にとって、活力になりました。
キロ8分の私には、隼斗たちの走りは別世界の話です。それでも読み終えて、なんだか勝手に仲間になったような気持ちになりました。同じランナーとして、応援せずにはいられませんでした。
走ることの意味は速さだけじゃない。それを改めて感じさせてくれた一冊です。
オーディブルなら上下巻の大作も、ランニング中や家事の合間に少しずつ聴けます。ドラマ放送前のこのタイミングに、ぜひ不思議と最後まで聴いてしまう作品
『俺たちの箱根駅伝』池井戸潤
池井戸潤の最新長編の舞台は、
「東京箱根間往復大学駅伝競走」――通称・箱根駅伝。
若人たちの熱き戦いが、いま始まる!
古豪・明誠学院大学陸上競技部。
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